May
皐月
薬降る
歳時記をつづってきて、我々の生活の中に根づいている邪気拂いの習慣の多さにあらためて気付く。病が死の隣にあった昔、邪気を拂うという習慣は我々の想像するよりはるか深く生活に密着していたに違いない。闇からの邪気は常に人の傍に侍してあり、それを避けるための護符は必要不可欠な生活の一部であったと思われる。 ものが芽吹く力を持つ五月に薬草を採取し、鹿狩りをしてその精気の強さを護符にも薬用にも用いた智恵が、五月五日を薬日とも呼び、降る雨を薬雨とも呼んだ。薬玉くすだまを作り、菖蒲湯に浴しと、それ等は単なる遊びでも迷信でもなく生活そのものであったろう。 近代科学は病を遠ざけたが、心迄癒すことは出来ない。そして尚病は、死は、確実にしたたかに我々の傍にいる。それを実感する時季毎にある邪気拂いが信仰とは関係なく、なんとない心の慰めになるのも事実である。吊り下げた薬玉の傍を通る時、ほのかに匂う香は、今日も生きて在るというやすらぎにもつながる。
Essay on May
*This essay cannot be translated
because it is
highly dependent on
Japanese cultural context.
文 佐藤年 (俵屋当主)初出 『婦人画報』
1993年5月号 「折節の韻律」
Text by Toshi Satow (Proprietor of Tawaraya)First published in Fujingaho,
May 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"
May 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"