July
文月
涼しめて
汗ばむ前に更衣ころもがえをと、明けきらぬ梅雨の晴間を窺うかがってしつらえを夏向に整える。畳に網代、障子を簾、布は麻へとかえる。日本家屋は夏の趣が一入ひとしおで、更衣をすると涼しさが家内を透明な空気で覆う。内と外とが同化し外との触れ合いが濃密になる故であろう。 その慣習、つまり殊更に暑い夏を過しやすくする為の事も、空調の普及した今は無用の筈だが、視覚による涼しさは近代設備だけでは代えられないものがある。どこからともなく冷たい冷房の風が、網代の上を撫でて通るひやっとした心地良さは、停まいの涼しさに現代の技術を併用した此の上もない贅沢であると思う。 祇園祭りが屏風祭りともいわれたのは、鉾町の家が自慢のそれを、格子をはずした表の間に飾ったからで、風情のある町並であった。祭りのあたり、京都の暑さは本格的になる。打ち水と更衣で活気の増した座敷に祭り屏風を引き回し、蠟燭の灯をともす夕暮れ、風の流れに伝ってくるお囃子の音に、壊れつつある町の中にもまだ残る、"此処は京都"という思いがする一時である。
Essay on July
*This essay cannot be translated
because it is
highly dependent on
Japanese cultural context.
文 佐藤年 (俵屋当主)初出 『婦人画報』
1993年7月号 「折節の韻律」
Text by Toshi Satow (Proprietor of Tawaraya)First published in Fujingaho,
July 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"
July 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"