RESERVATION宿

March

弥生

雛を祭る頃、春はそれとない訪れを告げる。雛祭は季節の変る節目に、邪気払いの為に人形ひとがたを水に流したり、或は女の子の成長を祈って人形を飾ったのが始まりと云う。由縁は兎も角、雛祭の楽しさは、雅やかな平安時代の王朝振り、いとも可愛げな道具類への憧憬でもある。まして此の日ばかりは娘達が主役で、友を招いてささやかな膳で嬉しい一時を過すが、ゆらめく雪洞ぼんぼりの故なのか、或は面立の為か、雛だけはなんとなく淋しげなのはどうしてなのかと、幼心に感じていたものだ。今は雛壇を飾る煩雑さに恐れをなして、せめてもと内裏雛だけを祭る。 ところで、雛の面立を比べて見ると、其々の時代の好みを反映して様々の違いが面白い。とは云うものの、「今様は無下にいやしうこそ……」と嘆いた兼好法師のひそみに習う訳ではないが、現在の雛の面立は華やかに過ぎて好ましいのに出合えない。お姫様にも楽しい事はあったに違いはないが、やはり雛には愁いが似合うと一人合点している。

Essay on March
*This essay cannot be translated
because it is
highly dependent on
Japanese cultural context.

文 佐藤年 (俵屋当主)初出 『婦人画報』
1993年3月号 「折節の韻律」

Text by Toshi Satow (Proprietor of Tawaraya)First published in Fujingaho,
March 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"